ノンフィクション!昭和50年代の夢ごころ 高度成長期の服飾物語 一章

野苺のジャム 小説

バラのスカート

屋根裏風のお部屋

春になると、ミツバチの羽音が聞こえる。ブーンという音が幾重にも重なって、早苗の耳に届きはじめると、もうすぐ輝く季節がやってくる。
白い野ばらが一面に咲き乱れ、野苺が実り、早咲きの野生のトケイソウが咲き始める。
二階のお部屋
早苗は真新しい洋風の家の二階に住んでいた。
深い赤のベッドカバーと丸椅子のカバーが、アーリーアメリカン調のインテリアを引き立てている。
二階の屋根にまで登ってきた野良猫が、暖かいこの部屋に入りたそうに、じっと見つめているのだった。
野良猫
早苗の部屋からは一面のトウモロコシ畑と、その向こうには海が見えた。新鮮な風が心地よく、早苗はここが世界で一番美しい場所だと思っていた。

この季節はいつも何かを急がせる。
てんとう虫はとっくに早起きをして、おひさまを纏って歩いている。早苗も手に籠を持ち、家の向かいの小道に走った。

野苺のジャム

小道の東側には、一面に赤い野苺がたわわに実っていた。野苺の赤と、早苗のフランネルの赤いスカートはおそろいだ。
早苗はその野苺を、ひとつひとつ壊さないように、優しく手にとって籠に摘み採っていった。
野苺摘み
時おり、ひとつふたつ摘まんで口に含み、その酸っぱさに口がきゅっとなるのもお約束。その酸っぱい味も愛しい存在だった。
このすっぱい野苺は、レモンなしで素晴らしいジャムになる。籠いっぱいに野苺を集めて、大きなお鍋に入れて、たっぷりの白砂糖を加えてコトコトと煮ると、それはそれは甘くておいしい。そして森の香り豊かな野苺ジャムになるのだ。

一晩中、コトコトと煮詰められた野苺のジャムは、家中を甘く豊かな香りにした。翌朝よく冷ました野苺ジャムは、小さな小瓶に小分けにされて、親戚やご近所、お友達に配るのだ。
その小瓶たちは蓋の上にギンガムチェックの布でおしゃれをした。赤やオレンジのギンガムチェックが、まるで野苺ジャムをキャンディーのように彩った。
昨日摘み採った野苺が、ギンガムチェックの洋装に変身してくれたことがとても愛おしかった。
それはまるで、昔のアメリカ映画で見たような光景だった。
野苺のジャム

次の日の朝、早苗は野苺のジャムをおばあちゃんに届けた。
今、早苗は野苺ジャム売りの少女だ。昼過ぎには早苗の手には、合計三百円のコインが握り締められていた。

早苗は地元で一番大きいスーパーに立ち寄ってみることにした。
そのスーパーは鳩のスーパーと呼ばれていた。自由になった伝書鳩たちが心地よく住み着いていたからだ。

そのスーパーに行くと、いつも誰かが自分の伝書鳩を探していた。
「まるで鳩のお店みたい」早苗は鳩の群れを潜り抜け、広くて大きなお店に入った。

スーパーは人口数千人の小さな町の中でひときわ大きく、食べ物はもちろんのこと。今流行のお菓子、そして都会から入ってきた夢のようなお洋服、質のいい文房具、生活に必要なものは一通りあった。

早苗は衣類の横のワゴンの中に、いろんなはぎれが並んでいるのを見つけた。

そのはぎれの中にひときわ目立つ ピンクのバラ模様の木綿の生地があった。百五十センチ。ちょうどいい大きさだ。手のひらにはちょうど三百円。早苗は運命の出会いをしたと思った。都会から来た気取ったお嬢さんが、快く早苗と友達になってくれた気分だった。

早苗はその三百円ではぎれを買って帰ることにした。

薔薇色のコットン

早苗はスキップせずにいられなかった。まだ出来上がってもいないと言うのに。
バラ色の布を抱きしめた。だんだんと豊かになっていく時代ではあったけれど、こんなに美しく滑らかな木綿を手にしたのは初めてだった。
それはまるで小説の中の主人公が着ているようなドレスさえ作れそうだった。

次の日、早苗はその木綿を四角く裁断した。ギャザースカートになる部分。ウェストのあて布になる部分。そしてスカートの肩紐になる部分。五枚の長方形の布を縫い合わせるだけでスカートは簡単に作ることができた。

早苗は得意の電動ミシンを手早く踏むとあっという間にスカートを完成させた。それは宿題よりも早くできる手作業だった。
バラのスカート
簡単なスカートだったけれども、それは完璧なスカートだった。

スカートの横をつまみ上げると、スカートの裾も一緒にふわっと揺れた。早苗はお姫様になったような気分だった。赤毛のアンのようにそのスカートに名前をつけたいほどだった。そのスカートはバラのスカート、それ以外の名前はふさわしくなかった。

早苗はそのスカートをまとって、何度もくるくると回った。くるくると回ると、そのスカートは風を含んで、早苗の足元で美しく円を描いた。
明日は月曜日だ。この美しいスカートを履いて学校に行くのを楽しみにして、早苗は二階の屋根裏風の自室で目を閉じた。
明日

バラのスカート

早苗は気持ちよく目覚めた。小鳥がお祝いの歌を歌っている。目を開いたら昨日の事は幻だったかもしれない。すべてが夢で消えているかもしれないと考えたりもした。でもそんなことはない。昨日この手で作ったんだから。

早苗はミシンの椅子にかけてあったスカートを取りに、二階の自室から階段を降り ミシンの部屋に向かった。

するとそこにスカートはなかった。
「あれ?」どこかに置き間違えたのかもしれない。
そもそも、あれほど大事なものを、どうして部屋に持って帰らなかったのかと悔やんだ。

台所で仕事をしていた母がやってきた。

「お母さん、私のバラのスカート知らない?」

お母さんは掃除をしながら言った。
「あぁそれね。さっきね山下のおばさんが昨日のイチゴジャムのお礼に大根を置いていってね。その時にたいそう褒めていたよ。
スカートを手にしてね、良いハムがあるから、それも置いてくよって言ったんだよ」
早苗は髪の毛が少し逆立つのを感じた。
「いいものもらったからね。スカートはお礼にあげちゃったのさ。
あんた器用だから、またすぐ作れるだろ?」

ひどい!
泣く
早苗は泣き叫びそうではあったが、声に出しては言わなかった。自分はこんな母親にはなるまいとだけ心に思い、いつもの履きふるした冬物の赤いスカートを黙って履いて学校へ行った。本当なら、初夏にふさわしい軽やかなピンクのバラのスカートを着るはずだったのに。

その日の習字では、立夏、と書いた。立夏と書きながら、早苗は自分の冬物のスカートに目を落とした。

もう考えても仕方のないこと。ピンクのバラのスカートは、上等のハムと物々交換されたのだ。

クラスメイトが新しい赤いスカートを履いていた。

「素敵ね」と声をかけると、お母さんが昔着ていたお洋服を解いて作ってくれたんだと言った。
そうか、新しい布でなくてもスカートは作れるのだ。早苗は気を取り直して策を練ることにした。
その日は授業は頭に入らなかった。あのピンクのバラのスカート以上のものはもう作れないけれど、きっと何か他の方法で新しい夏物のスカートを作るすべがあるに違いない。今はその方法を全力で考えようと思った。

魔法のスカート

おじいちゃんの教え

早苗はその日の午後、おばあちゃんの家に向かった。早苗の家から歩いて十五分。白い時計台のようなハイカラな屋根が見えたら、それがおばあちゃんの家だ。その時計台のような白い部屋は、ほかの家々の二階よりも高いところに、ひょっこりと顔を出すように、白く輝いていた。

早苗はおばあちゃんに、不要な布はないか尋ねてみることにした。
するとおばあちゃんはニマっと笑うと

「いっぱいあるよ」と含んだように言った。

「だけどね、ちょっと今の感覚からすると気に入るかどうかわからないよ」

そう言いながら、おばあちゃんは昔、召使いが住んでいたと言う薄暗い階段を登って、屋根裏に上がっていった。
それは、早苗がさっき目にした時計台の部屋に向かう、暗くて細い階段だった。その階段は小さな早苗にとって、まるで高い灯台に上るかのように急だったし、真っ暗だったので、一度たりとも立ち入ったことのない空間だった。

早苗も急な階段から落ちないように、両手、両足を使いながら、階段を登った。途中、小さな虫がいるように感じて、より一層体を小さくしながら、急な階段を登った。

階段を上ると、そこには素敵な空間が広がっていた。洋風の白い窓、洋風の化粧台。早苗は今の今まで、その部屋をただの時計台か灯台のようなものだと思っていたのだ。
「ふわぁー!」
早苗が、白い窓と白い家具に見とれている間に、おばあちゃんはタンスの引き出しの二番目をすっと開けて、手探りで赤の水玉の布を取り出した。

「ポリエステルだからね。ちょっと縫いにくいかもしれないけど、わたしにはもう可愛すぎるからね」

早苗はその布はちょっと昔風だと思ったけれど、とても素敵だと思った。

おばあちゃんは他にも珍しい布を色々見せてくれた。その中でも七色に光る孔雀模様の布は、おばあちゃんが娘時代に着ていた銘仙という着物だという。
「銘仙には触ってはいけないよ」おばちゃんはそういうと早苗に赤い水玉の布を差し出した。

「おばあちゃん、この布もらっていい?」

おばあちゃんは
「もちろんだよ」と言ってにっこりと微笑んだ。その時、後ろからおじいちゃんがやってきて、声をかけた。

「ちょっと待ちなさい。もっといいものがある。子供には子供の服と言うものがある。ちょっと待ってなさい」

そう言うと、おじいちゃんはさわやかな黄緑色の小花柄の布を持ってきた。手早く縫って、魔法のようにみるみる出来上がっていった。

「この方が可愛らしい。透けるけれど、これを二重にすると・・・・・ふんわりと膨らんで子供らしくなる」
これにポケットをつけると、ちゃんとした子供服が出来上がった。

「どうしてポケットがひとつなの?」早苗が尋ねると
「これはひとつでないとだめなんだよ」おじいちゃんは厳しい顔で言った。
「布にはひとつが合うものとふたつが合うものがある。そして、女にはかわいいとかっこいいがある。これはよく覚えておきなさい」そう言いながらおじいちゃんはスカートを手渡してくれた。
そのスカートには弾むようなボリュームがあった。
二重のスカート
自分で作ったピンクのバラのスカートはお姫様のようなスカートだったけど、おじいちゃんが作ってくれたシフォンのスカートは、バレリーナのようだった。
ウェストはゴムで肩紐はなかった。この時代に、こんなにおしゃれなスカートを履いている子供は他にいなかった。
早苗は明日からこの最先端のスカートを履いて学校に行けるのだ。

早苗はおじいちゃんが魔法で作ったスカートを抱いて家に帰り、スカートは布団の下に隠して眠った。

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