1-8 ノンフィクション!昭和50年代の少女たち 八章

ハレのドレス 小説

ハレのドレス

いとこの結婚式

十二月にいとこの結婚式があった。去年作った紫のセットアップが大活躍した。
一瞬で人目を引く華やかさがあった。

「あれまぁ!これを自分で作ったの?」去年あれほどけなされた早苗のセットアップをみんなが褒めてくれた。

「早苗ちゃん、大人になったねぇ」
「もう子供の顔をしてないねぇ」大人たちは、大人の顔になった早苗にも驚いていた。

紫色の晴れやかな色は、お祝いの席にふさわしい色だった。デザートに出た巨峰ぶどうよりも明るく、赤ワインよりも暗い紫。
早苗は誇らしく、ワイングラスに入ったぶどうジュースをかっこつけて飲んだ。

お正月

去年作ってもらった個性的すぎるベルベットのジャケットは、申し訳程度にお正月に着ることにした。おばあちゃんの家に年始のご挨拶に行き、その後、初詣をすることになった。

お母さんは、赤ちゃんを連れて行きたいからという理由で、早苗に留守番をするように言った。

おばあちゃんが
「留守番ならわたしがするよ」と言ったけれども、お母さんが
「何言ってるの?母さんは赤ちゃんのおばあちゃんじゃないの!いなくてどうするのよ」と言い、結局、早苗はお正月からひとりで留守番をすることになった。

おばあちゃんは
「あんたはほんとにかわいそうなことをするね」とお母さんに呆れていた。

けれど、いいこともあった。
昭和五十年代には、女の子は十六歳で結婚する人が多かった。法的に十三歳から嫁入りが始まり、十六歳から結婚できた。早苗は今十二歳で、あと二、三年で人生を決めなくてはならなかった。
お参りの時に神官さんが、
「娘さんの進路を迷っているなら、一度神社に修行に来ると良い」と声をかけてくれたそうだ。それと同時にお寺にも同じように修行に行けるように手はずを整えてくれることになった。
早苗は神社とお寺と教会と全部を体験してから進路を選べば良いことになった。けれどいずれにしてもなぜ宗教家への道なのか、早苗自身もその理由をよく理解してはいなかった。

しばらく、おばあちゃんと枇杷の木ともお別れをしなくて良くなった。

山の恵み、海の恵み

イノシシの牡丹鍋

年の瀬に山下のおじさんが、山に猪が出て格闘した話をしてくれた。おじさんは、猪と正面衝突をして、猪の牙を持ってお相撲を取ったんだそうだ。
イノシシとの格闘
「もちろん、猪をひっくり返してやったさぁ」

山下のおじさんは、豪快に自慢した。だから、早苗は
「すごいすごい!猪のお肉が食べたい」と無邪気に言ってしまった。

ところが、なんと数日後に、山下のおじさんが本当に猪を仕留めて、猪肉を持ってきた。

猪を仕留めるために、おじさんは危険なことをたくさんやったらしい。
おじさんとしては、小さな女の子に褒められたうれしさもあったのだろう。

「おじさんが素手で戦ったんだぞお」嬉しそうに自慢した。

楽しく自慢話を聞いていると、お母さんがおもむろに早苗にビンタをした。
「危険な目に遭わせて!」
「すみません。すみません」と山下のおじさんに頭を下げた。

「もう絶対に猪の肉が食べたいとか言ってはいけないよ」
早苗は厳しく、今後イノシシの話をしないように口止めをされた。

その日は牡丹鍋をおいしくいただいた。あぶら味とうま味のある、おいしいお肉だ。やわらかい。長ネギをたくさん入れると、牡丹鍋はさらに風味を増した。

みかん泥棒

山下のおじさんのところには広いみかん山があった。ところが、今年はみかんの盗難がひどいと言う。
初めは猪のせいかと思って猪と戦ったのに、それでも泥棒が減らないと言う。

犯人は人間に違いないと、
「みかん泥棒は許しません」と張り紙までした。するとむしろ盗られるみかんが多くなってしまった。

みかん泥棒はしつこくて、大晦日も、お正月も、その次の日も、次の日も毎日きっちり盗んでいった。

怒り心頭我慢ならない山下のおじさんは、寝ずの番をして山を見張った。

すると、そこにやってきたのは、人間ではなく、猿の群れだった。みかん泥棒は、猿だったのだ。
みかん泥棒
「あいやー」おじさんは自分の額をペシッと叩いた。今まで猿に手紙を書いていたのだ。
おじさんは、可笑しくなってしまって、売り物にならないみかんと野菜を、あらかじめ山の外に撒き、おさる軍団にくれてやることにした。

おなか一杯になったおさる軍団は、みかんを控えめに盗むようになった。

その後おじさんはお猿への張り紙を外し、
「みかん泥棒は猿でした。お騒がせしました」という人間への張り紙に変えた。

冬の稼ぎ

その冬、早苗はおばあちゃんと一緒に、岩牡蠣の漁に出ることにした。岩牡蠣を集め、小さな袋に詰めて、それを市場でひとつ百円で売るのだ。一回に七つ八つ。岩牡蠣の漁は半月で一万円ほどになった。早苗はその売り上げから少しの分け前をもらった。

早苗は鳩のスーパーに行って、霜降り模様のセーターとスカートを買った。その年、霜降り模様というのが爆発的に流行っていたのだ。早苗が買ったのは、両方ともネズミ色だった。
だけど、両方一緒に着ると、まるでネズミの妖怪のようだったし、鮮度の悪い牛肉のようでもあった。そのあまりのおかしさに、早苗は鏡の前で、お腹を抱えて笑った。
合わない組み合わせ
霜降りは一緒に着てはいけないものらしい。
それぞれ別のものと組み合わせることにした。

スカートはミント色のセーターと合わせた。
セーターはかわいいスカートと合わせるべきだった。早苗は流行りのアイドル歌手のようなスカートをこしらえることにした。
ミント色のセーターと

ぶりっこなスカート

季節外れに鳩のスーパーのワゴンで買っておいた茶色いフランネルの生地で、ロングスカートをこしらえた。本当はクマのぬいぐるみ模様の布でこしらえたかったが、今の早苗のお財布では手が届かなかった。裾周りにたくさんのタックを入れた。これは、早苗が大きくなっても着られるように作った裾タックだった。もう肩紐はつけなかった。
ポケットをハート型にしてレースで縁取り、両側にふたつつけた。このスカートのポケットは二つで間違いなかった。渋すぎる茶色いスカートが、たちまちかわいいスカートへ変身した。
大人のペチコートを仕込むと、スカートはふんわりと膨らんだ。
ぶりっこなスカート
二年前の赤いフランネルのスカートはもう恥ずかしかったので、処分することにした。

早苗はもうすぐ中学生になる。地元の学校に進学が決まっていた。その年の三学期は早く終わった。

ヒーロー参上

白い毛糸玉

このまま退屈な冬が過ぎていくと思った。

ある日、学校から帰ると、お父さんが小さな子犬を抱いていた。家に放たれた子犬は、白い毛糸玉のように弾け飛んではしゃいだ。

その小さな子犬を、早苗は、ヒーローと名付けた。訓練された小さな白い犬だった。
「噛め」と命令すると、男性が一番噛まれたくないところに噛み付くように訓練されていた。

急に、大人になった早苗を、両親がひどく心配したからだ。

これからずっと早苗は、このヒーローと一緒に暮らすことになった。その暮らしは満ち足りて幸せだった。

お庭での冒険

アメリカ風のガレージ
早苗の家の庭は広かった。玄関の前には細長い私道があったし、アメリカ風の広い二階建ての鉄のガレージもあった。雨の日にはこのガレージが秘密基地になった。

ヒーローに公道と私道の境目を教えると一回で覚えた。
「ここからはテリトリー。この向こうは違うよ」早苗が教えると、まるで線を引いたように公道へは絶対に出なかった。

南へ回ると広い芝生とその奥にはちょっとした森があった。芝生には春にはスミレが花咲き、私道にはタンポポが一列に並んだ。夏には様々な果実がなり、不思議なきのこがたくさん生えた。秋にはいろんなどんぐりが落ちて、冬には好きなだけ焚火ができた。

落ち葉を集めて、一緒に焚火と焼き芋を楽しんだ。焼き芋がヒーローの一番好きな食べ物になった。

庭には自由に野良猫たちが出入りしていたのに、ヒーローが全部追い払ってしまった。野良猫のおやつの煮干しは、ちゃっかりヒーローのお腹に入ることになった。

早苗はこの庭をちゃんと観察したことがなかった。昼でも木々が生い茂る森を潜り抜けようとは思わなかったからだ。けれどヒーローはためらわずに森を駆け抜けていった。
森を抜けて
森の先には柿の木があった。小鳥たちが冬を越すための柿が、枝の高いところに残してあった。水仙の硬い蕾が春を待っていた。

侵入者

この頃、町では空き巣が多かった。それまでも、たびたび妙な電話が家にかかってきていた。身の回りに怪しいことが多かった。

女の子は、このお年頃になると、家に下着泥棒が入ったとか、見知らぬ男が玄関の前に立っていたとか、そういう話が多くなってきた。
早苗たちは、いわゆるお年頃になっていたのだ。

ある日、学校から帰って、ランドセルを下ろし、ピアノを弾いて遊んでいた。

ヒーローは、ブルグミュラーのアベマリアが大好きだった。その曲を弾いているときは側にいるのに、曲が変わるとぷいっとどこかに行ってしまうぐらい、その曲が好きだった。
「タタタタン タタタタン」
ヒーローは一丁前に豪華なソファーに伏せて体を揺らしている。

そんな時だった。いきなり見知らぬ男が片手に刃物を持ち玄関に現れた。田舎町には鍵を閉める習慣が浸透していなかった。

ヒーローがけたたましく吠えた。早苗は、声が出せなかった。「噛め」とも、「助けて」とも言えなかった。
号令がなかったので、ヒーローはただ大きな声でけたたましく鳴き続けた。それは怒鳴り声に近いものだった。

あまりにも激しく吠えられたので、見知らぬ男は去っていった。早苗は、その場にへたり込んだ。

ヒーローをぎゅっと抱きしめた。ヒーローは大丈夫だよと小さな声でウォンウォンと泣いた。そのヒーローの声は枯れていた。
早苗のために精一杯吠えすぎたのだ。

ヒーローのことが、さらにいとおしくて、たまらなくなった。
そしてこの事件以来、すっかりヒーローを信頼したお母さんは、ヒーローと一緒なら、どこにでも行っていいと言った。

第一部 おわり

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