2-4 事実をもとにした物語!昭和50年代の少女たち 第二部 四章

豊穣の巫女 小説

短い冬

餅つき

南国の短い冬がやってきた。

十二月になり、春子ちゃんはセーターの上にセーターを着て、まんまるになっていた。秋田ではこんなふうに重ね着をするのが当たり前なんだと教えてくれた。
そして年末年始は秋田に帰って行った。

年の瀬に親戚中の人が集まって、大人数で餅つき大会をやった。かつての石臼の餅つきは ほぼ無くなって、電動で動く文明の利器がやってきた。電動餅つき機は、お餅をどんどん作り上げていった。

家中の廊下や茶の間に青いビニールシートを敷き詰めて、そこにお餅を何百個も並べていった。
餅つき大会
おばあちゃんの家に三十人ほどが集まって、鏡餅を十セット、小さなお餅を何百個も作った。出来立てのお餅は柔らかくて、ほんのりと甘く、生菓子のようだった。子供たちは夢中でやわらかいお餅をたらふく食べた。
薄くスライスして焼くかき餅も作った。

つきたてのお餅にあんこを入れて、参加者のおやつに振る舞われた。

昼過ぎには、参加者たちがそれぞれ十分なお餅を持ち帰ることができた。このお餅で親戚とご近所様がお正月を過ごすのだ。

お餅は、次の日まではそのままかじることができたが、そのまた次の日にはカチコチに硬くなった。

硬くなったお餅は、火鉢でゆっくりと炙ると、少しおこげのついた風味のある焼き餅ができる。
熱いお湯を用意して、そのおこげのついた焼き餅にお湯を注ぎ、ひとつまみの塩を入れると、香ばしいお餅スープがあっという間に出来上がった。
このお餅スープは朝ご飯にしても良いし、おやつにしても手軽に美味しく食べることができた。
マリアはおばあちゃんの家で、毎日このお餅スープを作って食べた。
お餅のお焦げスープ

夜の初詣

その年の大晦日、マリアはおばあちゃんの家で過ごしていた。ヒーローも一緒だ。
今年はヒーローと一緒に夜の初詣に行く予定だった。

マリアは一昨年のへんてこなベルベットのジャケットを着て、初詣に行くことにした。寒いのでヒーローを懐に抱いて行った。

夜の十一時ごろから歩き始め、深夜零時になると、神社の鐘が鳴り、門が開く。

町の男たちが我先にと走り始める。体の小さかったマリアは、後ろの方で安全にその騒ぎを見送った。
ようやく、お焚き上げの場所に来たので、去年のお守りや神棚の飾りを炎に放り込んだ。本当はそっと大切に見送りたかったが、炎はキャンプファイヤーのように大きくて、近づくことができなかったので、遠くから大切なお守りを放り投げることしかできなかった。
お焚き上げ
マリアが十三の頃に、それほどに大きかったお焚き上げの炎は、年ごとに小さくなり、もっと大人になる頃にはドラム缶の炎だけになった。十年後には、それにそっとお守りを焚べることができるほどに、小さくなったのであった。

マリアが初めて見たお焚き上げは、まだまだ昭和の大きな大きなお焚き上げだった。その炎は冬の寒さを全く感じないほどに、大きく熱く、その場の空気をまるごと温めた。

ヒーローは炎を怖がらなかった。子犬の頃に何度も焚き火と焼き芋を楽しんだので、この炎の中にもきっと、おいしいものがあるんだというまなざしでお焚き上げを見ていた。

初詣を済ませた人は、神社の横に一軒だけあるお蕎麦屋さんでおそばを食べて帰宅していた。マリアは、その混雑を横目で見ながらそのまま帰宅することにした。

神社の初釜

マリアは神社で催される初釜に行くことになった。

おばあちゃんは振袖を着せようと言ったが、気に入らなかったあの人は一番粗末な洋服で参加するように言った。それは失礼なことだった。
マリアは制服で参加したが、本当にギリギリで失礼ではない服装だった。

その日の朝、マリアが会場に入ると、
「子供が立ち入るところではない」と若い神官さんにつまみ出されそうになった。すかさずえらい神官さんが
「いやいや、その子は、ほら、見学の九の札(ふだ)の子だよ」と説明した。
すると、それを見ていたお金持ちのおばさんが
「なんで九の札の子が来てるの?ここは金の札の場所ですよ」と言った。

「まあまあ、許してください。この子は就職のために来ているんですよ」とえらい神官さんが言った。
金の札のおばさんは
「あらやだ!こんなやせっぽっち」と笑いつつ右手で下品に振り払うような仕草をした。ぐいっと顔をマリアに近づけると
「無理よ無理。みんな喉から手が出るほど子供が欲しい人たちなのよ」といい
「裏の仕事を案内しましょう」と言った。

裏ではマリアと目を合わせない参加者たちと、吹きっさらしの洗い場でひたすらお茶碗を洗った。

いっぽう巫女さんたちはみんな優しく、ふくよかで豊穣の化身のようだった。
豊穣の巫女
その時に巫女さん達の話で、お社の修行ではニコニコしてはならない。またお勤めの時もニコニコしてはならない。だから、巫女さんとしてお勤めする事は笑顔を捨てることだと聞いた。マリアは笑顔を捨てる生活は難しいように感じてしまった。

初釜のお席では、お琴の生演奏が流れている。振袖のお嬢様たちがせわしく行き来している。
洗い物が終わると、お茶もお菓子も頂かずにそのまま帰された。
振袖のお嬢様たち

お寺の座禅修行

次にマリアは、お寺の座禅修行に行くことになった。

あの人はマリアの座禅修行を快く思っていなかった。地蔵寺の先生に
「この子は正座はできませんから」と言った。

「ほんとにだめな子なんです。仏様の教えも守りませんし、墓参りもしない悪い子です」

先生にマリアがいかにダメかと言うことを一生懸命伝えてから帰っていった。

ここでも笑顔は禁止だった。
先生はおおらかで面白い人だったが、修行は穏やかな微笑すら禁止だった。
マリアは二時間だけ座禅をして帰ってきた。

マリアの中では微笑むことのできるキリスト教が、自分には一番合っていると言う結論になった。歌うとき、奉仕作業をするとき、それが神を称える讃美歌であり、神様へのご奉仕なら、微笑みを携えてもよかった。キリスト教のそういう世界観が純粋に好きだと感じた。

中学二年生になると、クラスメイト全員が十三歳になる。田舎では本格的な嫁入り話が進んでいく。嫁入りするのか、進学するのか、就職するのか、一番大きな決断を十三歳でしなければならなかった。

春子ちゃんの嫁入り話

十三歳

二月になり、南国の短い冬が終わろうとしていた。三月になると春子ちゃんは十三歳になる。
町の地主さんから嫁入りの話が来ていると言う。
春子ちゃんの家からまっすぐ山に登ると、その大地主さんの家だ。

春休みにはとりあえず週に二回、農家に行くことになったそうだ。

マリアは自分が神社とお寺の見学をしたように、そういうアルバイト体験だと気楽に考えていた。けれど、春子ちゃんの嫁入り修業は、想像以上にうすら恐ろしかった。

春子ちゃんの誕生日

三月になった。菜の花が黄色い花を咲かせ、大根畑が白い花を咲かせている。
菜の花と大根花の3月
菜の花は野菜だ。摘み取って出荷されていく。だけど、白い大根の花はあんまり食べなかった。農家のおばさんに、白い大根の花を少しもらって良いかと聞くと、黄色いのはダメだけど、白いのは食べないから持っていっていいよと言った。

マリアは大根の花三本とたんぽぽの花で花束を作った。本当はヒメジオンの花があればと思ったけれど、まだ咲いていなかった。

プレゼントには、すみれの花を摘んで、すみれの砂糖漬けを作った。摘みたての花をきれいに洗って、卵白を薄く塗り、高級な白砂糖にまぶし、七十度のオーブンで八時間加熱すると出来上がりだ。すみれの鮮やかな紫色はそのままに口に含むと香り豊かな砂糖のキャンディーになり、お紅茶に入れるとおしゃれなお砂糖になる。

すみれの砂糖漬けを、セロハンの包み紙に包んだ。

お誕生日パーティー

春子ちゃんのお誕生日会は白いケーキはなかった。なので、鳩のスーパーに行って急いでチョコレート菓子を買って丸く並べた。
ささやかなお誕生日
マリアは後悔した。そして改めて家でティーパーティーをやろうと心に決めた。

その日は、春子ちゃんのおばあちゃんの家の冷蔵庫にあったカルピスとチョコレート菓子で軽く誕生日パーティーを済ませた。
お誕生日の歌は、お腹いっぱいにならないので一番欲しくないと言われた。
春子ちゃんは食べるものが一番好きなのだ。

今日は十分な準備ができなかったから、改めてお誕生日パーティーにお誘いする約束をして解散した。

春子ちゃんの花嫁修業

いよいよ春子ちゃんは十三歳になった。さっそく嫁入りの修業に行くことになった。
昭和五十年代では十三歳という年齢は大人と見られた。嫁入りもどんどん始まっていた。
しかも、春子ちゃんは秋田から来た美人だ。町中の人たちが、春子ちゃんをお嫁さんに欲しがった。
みんなが春子ちゃんを嫁に欲しがるので、男たちで話し合い、町で一番の金持ちで、大地主の金園さんがふさわしいと抜擢された。
美人にふさわしい金持ち?
春子ちゃんは、嫁入り先の農家にアルバイトに行った。春子ちゃんもマリアも農業の手仕事を手伝うものだと思っていた。
ところが行った先の農家では、ボンボン息子の話し相手をするだけだった。
じっとりとまとわりつくような眼差しで、春子ちゃんを舐め回すように上から下までを見てくる。
春子ちゃんは、だんだんとその家に行くのが嫌になってしまった。

春子ちゃんが渋るようになると、農家では形だけの手仕事をさせて、春子ちゃんに大金を渡すようになった。
形だけの収穫を手伝うだけで、収穫した野菜は持って帰っていいよと言われ、お賃金も払ってくれた。

「それは危ないよ。春子ちゃん。
春子ちゃんはその人のところにお嫁さんに行く決心はあるの?」マリアが尋ねると

春子ちゃんは鼻で笑った。
「決心があるも何も名前も知らないし、顔も見たことのなかった人よ。そんな人のところにいきなり行って、お小遣いを持って帰りなさいと言われても、気持ち悪いだけよ」

ボンボン息子のお父さん、お母さんはしっかり者で、嫁入り先としては申し分のない所ではあるらしい。
町中の人が、ボンボン息子と春子ちゃんの縁談を祝福していた。

春休みが終わり、春子ちゃんの地獄の花嫁修業が終わった。

次はまた夏休みにおいでと言って、金園さんは春子ちゃんにまとまったお金を手渡した。
大金
「春子ちゃん、そのお金受け取ってしまったの?」マリアは慌てた。
「そのお金があると、また本当に夏休みも行かなきゃいけなくなるよ」

「うん、行くだけなら精神労働と思えば耐えられるかなぁ。一応ちゃんとお賃金もくれるのだし」
田舎のことを何も知らない春子ちゃんは、気楽なことを言っていたけれど、マリアにはそれでは済まない未来が見えていた。

「春子ちゃん、次に金園さんの家に行く時は、わたしもついていくからね。ヒーローもついていくから、絶対にひとりで行かないでね」
マリアは春子ちゃんの手を強く握った。

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