嫁探し
運動会
運動会の花形は十三歳になる二年生だ。二年生たちは最前列で踊った。
町の衆がお嫁さん探しに、わらわらと押し寄せて、候補を物色している。人気があるのは、安産体型だ。
「わたしは早く結婚して子供を十人産むわ!もちろん専業主婦になるのよ!」
「わたしは職業婦人になって男の子を三人産むわ!」
女の子たちは将来の夢を熱く語った。
町のおばあちゃんたちは
「夫も子供も戦争で失ってしまったの。この町に生まれる赤ちゃんを見るのがわたしの一番の幸せなのよ」と、ふくよかな少女たちを期待のまなざしで見ていた。
マリアは痩せすぎているうえに、お尻が小さく、誰もマリアに見向きもしなかったが、かえってほっとしていた。
運動会が終わり、少女たちにはそれぞれふさわしい縁談がきた。
痩せすぎの娘
そんな折、お父さんが三十人もの町の男衆を家に集めて、お酒を飲んで酔っ払っていた。

マリアが酒のつまみを運ぶと
「おい、マリアちょっとこっちに来い。皆さんがなぁ。お前のことを子供が産めないって言ってるんだよ。
マリア脱げ。全部脱げ!こいつらが子供が産めないって言ってるのが、間違いだって、証拠を見せろ」
お父さんはひどく酔っ払っていた。六十もの瞳がマリアをじろじろ見ている。恐ろしい。
「今すぐここで脱げ!」お父さんがやけくそに叫んだ。
マリアが俯いていると、
「わたしが代表で見よう」と、清潔感のある町のお年寄りがマリアに歩み寄った。マリアと代表は部屋の外に行き、代表の男はマリアを目の前でぐるりと回転させた。
そして町の男衆のところに戻っていった。代表は首を横に振った。
「痩せすぎている」代表がそういうとお父さんは
「うちの娘が子供が産めないなんて言いがかりだ!」
さらに酒を煽って喚いていた。
結局三十人もの男衆が見に来ておきながら、誰もマリアを嫁に欲しいとは言わなかった。
この日から、お父さんまでもがマリアの宗教家への道を応援するようになった。
マリアは、春子ちゃんの苦しみを目の当たりにしていたため、あの人が宗教に進路を見出したことは、この小さな田舎町では、少なくとも間違ってはいないのではないかと思った。
「わたしは幸運なのかもしれない・・・・・」このまま順調に嫁さん候補から外され続ければ、きっと就職か進学をすることになるだろう。
ミカのうれしい縁談
翌朝、学校に行くと、ミカが縁談を決めたと、うれしそうに話をしていた。
ミカの縁談の相手は、ふたつ年上のかっこいいお兄さんだった。
遠洋漁業に出るため、早めの結婚を望んでいると言う。
ミカは言った。
「あたしさぁ、勉強が好きなわけでもないしさぁ。特になりたいものがあるわけでもないしさぁ」

ミカは、そんな風に気楽に言うが、お相手が、「もともと好きだった二歳年上のかっこいいお兄さん」だったから、思い切って決めることができたんだとマリアは思った。
「結婚祝いには電子レンジを頂戴!中古でもいいから絶対お願いね」
ミカは、クラス中のみんなに電子レンジの催促をした。
変わりゆく田舎町
国道と鳩のスーパー
四車線の国道が通って半年が経った。生活の不便を改善するために、鳩のスーパーで働いていた数名が、国道の住宅側でお店を始めた。
小さなスーパーがひとつ。お惣菜屋さんを兼ねたお肉屋さんが一軒。
春子ちゃんのおばあちゃんは、今度はこのお肉屋さんから毎日同じ、鶏の唐揚げを買ってくるようになった。
住宅側に文具店もできた。簡単な洋裁道具も置いてあった。
ただ、鳩のスーパーには、もうはぎれは置かれなくなった。
ある日突然、鳩のスーパーが閉店する告知を出した。
「長らくお世話になりました
様々な努力をして参りましたが、お店を続けることが難しくなりました。
十月いっぱいをもって、食料品コーナーの終了
十一月いっぱいをもちまして、その他 衣類雑貨の販売を終了致し〼」

町で一番大きなスーパーが潰れるのだ。町の象徴でもあったのに、こんなにあっけなく潰れてしまうなんて。
毎日通った鳩のスーパーがなくなることが悲しかった。
町の人と二十年を共にしたスーパーだった。
秋の夜市
閉店セールを兼ねて、秋の夜市が開催された。まだ暑さの残る十月も、夜になるとすっかり涼しかった。
スーパーの周りに、出店が並んだ。焼き鳥、焼きそば、厚揚げ卵、フルーツキャンディー、町の人たちは、風変わりな出店を楽しんだ。
マリアはひとまとめ百円になっていたカラフルなセルロイドのボタンを一袋買った。鳩のスーパーとの最後の思い出になった。
夜市の間、手前の信号機はずっと黄色に点滅した。気を付けながらいつでも渡ることができた。
通りは歩行者天国になり、町の人たちは、二十年の思い出とともに別れを惜しんだ。
さようなら。鳩のスーパー。そこに住む鳩たちも随分と減っていた。伝書鳩をクビになって、野良鳩になっていた。
マリアは、鳩の住む看板を見上げた。その心の奥で、かつての早苗も一緒に看板を見上げていた。

町の変容
この田舎町は、昭和五十年代からすでに人口減少が起こっていた。マリアが小さな子供のころには二万人いた人口が、このころには半分に減りつつあった。大きな理由は、やはり女の子の生きにくさにあると思えた。
思春期で大人にもなりきらないうちに、結婚!結婚!と言われ続ければ、逃げ出してしまう家族も多く、また、若い夫婦は初めからこの町に住もうとはしなかった。
大きな国道のバスを使って、マリアと春子ちゃんが隣町の花火大会に行ったように、周辺の魅力的な町に、どんどん人口を吸いとられつつあった。
そしてマリアも、この町から出ていこうと決めていた。
この年、町には長い長い雨が降り続いていた。

パッチワーク
さて困ったことになった。もうこの町では布は手に入らなくなった。おばあちゃんの家の在庫の布も、マリアがどんどんお洋服にしてしまってなくなりつつあった。
ちょうど化粧台の丸椅子のカバーが破れて、中の藁が見えていた。そこで、マリアは歴史小説に書かれていたパッチワークを見よう見まねでこしらえることにした。
自然と円形になるハチの巣型にした。継ぎはぎの模様の下にはフランネルを使った。本当は赤い布で作りたかったが、赤いはぎれはちょっぴりしかなかった。それなのに、パッチワークで全体的には赤いイメージの椅子カバーができたのだ。マリアは新しい魔法に感動していた。
水道の来た日
十一月のとある寒い日、町に上水道がやってきた。この町ではすべての家に井戸があった。時々、嵐や日照りがあると水が濁ったり、足りないこともあったが、ほぼ安定してきれいな井戸水が出た。ごくまれに赤痢が発生することもあったが、その原因は水よりも不衛生な果物の丸かじりによることが多かった。
どの家庭にも、井戸水の蛇口と、水道の蛇口が並んだ。
マリアは上水道が来たら、冬の冷たい井戸水から解放されるものと思い込んでおり、大きな期待とともに水道の蛇口をひねった。すると残念なことに井戸水よりも冷たい水が供給されていたのだ。
「冷たい!川の水よりも冷たい!」
寒い外気の中をめぐって、外気温と同じになった水道水にマリアは失望したのだった。
冬は冷たく、夏は生ぬるい、それが水道水の残念な実態だった。結局井戸水を飲み続ける家庭が多かった。
きのこ大発生
おばあちゃんの家には、美しい庭があった。それぞれにテーマがあって東西南北に分かれていた。
南側の和風の庭園に、キノコが大発生した。
南側の庭園は、もともと神社と地続きで、このお庭の向こうが神社だった。そこから川を挟んで、こちら側がおばあちゃんの家の南の庭だった。
水分も条件も揃ってしまったと思われた。
大発生したのは食べられるハタケシメジだった。
マリアは大喜びで、ハタケシメジを楽しんだが、おばあちゃんは、

「気持ち悪い。気持ち悪い」と言いながら
そのハタケシメジを引き抜いて、全部捨ててしまった。引き抜いても引き抜いても、次から次にびっしりとハタケシメジが発生した。
その年は雨が多かったので、春から夏にかけては虫が大発生して、秋にはキノコが大発生したのだ。
おばあちゃんが捨ててしまうハタケシメジをマリアはこっそりたらふく食べた。
野生のキノコの香りは、芳醇で強く、お鍋で煮込むと家中がきのこの香りに包まれた。
マリアのお父さんは、恐ろしくて食べられないと言い、マリアがひと口食べて、毒見してみせるのをじっと見ていた。

三十分経って元気な様子を見せると、みんながきのこ鍋を食べた。
春子ちゃんにハタケシメジを持っていくと、春子ちゃんまで怖い怖いと言った。
そこでも、毒見の実演をしてみせることになった。

ハタケシメジはバターソテーが一番美味しかった。ジュージューと炒めると、シャキシャキの食感で醤油を少し垂らして食べる。
芳醇なバターときのこの香りが、秋の遠い空に吸い込まれていった。
※注意:マリアは大人になってからキノコの資格を取ったほどのキノコマニアのため、読者の皆さんはくれぐれも真似をしませんようお願いします。
秋の夕焼け
この海と空しかない町は美しかった。見渡す限り田んぼか畑、海か山で、遮るものはなかった。
秋は夕暮れ。黄金の田んぼと箒雲の夕焼けの中を、ヒーローと一緒に自転車に乗って駆け抜けるのが大好きだった。
マリアはそうやって、おばあちゃんの家と春子ちゃんの家を頻繁に行き来した。
遠くには新しくできたスーパーが、空にピンクのアドバルーンを二つ浮かせていた。そんな時だけは、ずっと、このおとぎ話の中に佇んでいたい気持ちに浸った。

