廃れゆく町
デパートへの買い出し
このころの町には、ろくなものが売っていなかった。
「マリア!マリア!急須が割れたから買ってきてちょうだい」あの人がマリアに急須を買いに行かせた。ところが鳩のスーパーが無くなった今、どこを探しても急須がなかった。
マリアは金物屋で間に合わせの大きなやかんを購入した。
それから、一ヵ月ほどマリアの家では急須の代わりに大きなやかんを使うことになった。
「あちっち」加熱したやかんは直接触ると危ないほど熱い。
そのうえ、お客様が来た時にやかんのままお茶を注ぐと
「まるで船乗りみたいだね」とからかわれた。
「やれやれ、あれもこれも無い。
マリア、夏休みになったらデパートに買い出しを頼むよ」
夏休みになってすぐ、マリアは大金をもってデパートに向かった。
桃子ちゃんにもらったベビーピンクのワンピースを着て、誇らしげに汽車に乗った。

「上等のレースだねえ」と見知らぬおばあちゃんが褒めてくれた。
「はい。上等なんです。叔母が都会で買いました」と誇らしく答えた。
小さな子供が首をかしげながら言った。
「お姉ちゃんは、子供なの?大人なの?」
「ちょうど子供と大人の真ん中かな」といってマリアは笑った。十五歳。まぎれもなく子供と大人の交差点だ。
子供でも大人でもない体は、お人形のようにどんな装いもこなすことができた。すべての女の子にはこのような瞬間が人生で一度だけ訪れる。インターネットもSNSもないこの時代には特に、十五歳の女の子は誰でも気分よくお姫様になることができた。
デパートに行って、町内会用の湯飲みを百個買い付けた。お葬式でも使える、濃紺で薄く絵付けされた有田焼だった。急須も予備に何個か購入した。玄関の絨毯。羽毛布団。お中元のタオル。一回では買い切れずに毎週デパートに通った。
「マリアなかなか目が効くじゃないか」あの人が二回目にマリアを褒めた言葉だった。
デパートの売り子たちは
「毎週大量に買い物をしていくあの子供は誰なの?」と噂した。
「田舎町の町内会やお役所の必要品を買っているらしいよ」
「それならお役所に外商が行ったらいいのに」
「それがねえ、あの子。結構楽しそうなんだよ」
デパートで一流品を見るうちにマリアの目はどんどん肥えていった。
「これはお値段相応。これはお得」声にこそ出さなかったが、いつも一番の目玉品を買って帰った。しかし必ず控えめに購入した。
マリアは今日も大人たちに混ざって今日は話題のクロワッサンのお店の行列に並んだ。おしゃれなご婦人がフランスのバゲットを紙袋に入れて、楽しそうに歩いていた。
受験生
買い出し以外は、マリアは勉強ばかりしていた。あの人はマリアを月曜日から土曜日まで学習塾に行かせた。
勉強ばかりで、春子ちゃんに会うこともなかった。
力でマリアに敵わなくなったあの人は、意地悪ばっかりしてきた。食事を取り上げたり、布団や衣類を取り上げた。
何とかマリアに言うことを聞かせようと、あの人なりに工夫した。マリアはお腹がすいても、布団がなくても、自分の考えや正義をつゆほども変える気がなかった。
受験を前にあの人はマリアをスポーツ刈りにした。

「これぐらい気合が入っていれば合格するんだよ」あの人は得意そうに言ったが、マリアは自分の髪形にちっとも興味がなかった。クラスメイトはなぜかマリアを見て
「かわいそうに、かわいそうに」と言った。
むしろ楽だと思っていたマリアはふざけて白いキャップを後ろ前にかぶって見せた。その日からあだ名がカリメロになった。

マリアが楽しんでいる様子を見せるとあの人は
「まったくどんな仕打ちをしても泣きもしないでそれを楽しんでしまう。どうしようもない不良娘だよ」と愚痴とため息をこぼした。
しかしながら、スポーツ刈りはだれがどう見てもマリアに良く似合っていた。さらに大人っぽくなった顔立ちに、ほのかな色気が際立っていた。
そして二月の寒い朝、マリアと春子ちゃんは、あの時、外から見ただけの高校に合格し進学することに決まった。
町の織元
冬も終わろうとしていたころ、田舎町に大変なことが起こった。織元を兼ねた町の縫製工場が閉鎖することになったのだ。
働いていたご婦人たちは、最後のお給料をもらうことができず、残った反物をそれぞれお給料代わりにもらって帰ってきた。
ご婦人たちは軽自動車の後ろ座席に、反物を乗せられるだけ乗せて帰ってきた。そして黙々と、車の後部座席から、重たい反物をひとつずつ、家の中へと運び込んでいた。その様子をマリアは遠目で見ていた。

ご婦人たちは言った。
「わしゃもう歳だから、仕事はもう引退するよ」
「あたしは隣町の下着工場に受け入れてもらえたよ!」
「あたしゃ隣町の食品工場にいくのさ」
と、行き先を明るく口にするご婦人がいる一方で、ただただ俯いて反物を運んでいるご婦人も多かった。
田舎町では、八割の女性がこの織元の縫製工場に就職していた。マリア達も中学校では縫製と染め物ばかりを学んだ。
今までは義務教育さえ受ければ、そのまま終身雇用で、縫製工場に勤めることが可能だったからだ。
ところが、手織りの織り機とベテラン職人だけを残して、今後は高級な絹だけを扱うらしい。和装は高級路線でまだまだ売れている時代だった。
このころ縫製部門は少しずつ業績不振になりつつあった。数年前から既製服が安価に出回り始めたため、それからは羽毛布団の外側を縫って持ちこたえていた。だがとうとうその仕事も減ってしまったのだ。
「絞り染めや刺し子まで学んだのに・・・・・」
反物を運ぶご婦人たちを遠目に眺めながら、家庭科ばっかり習っていたマリアはこれからどれほどに社会に適応していけるのか不安になった。
五十年たった今も、この時の反物は消化しきれずに、田舎町の家々の戸袋にしまわれている・・・・・
町を担う少女たち 町を去る少女たち
卒業式
勉強ばかりの一年が過ぎ、今日は卒業式だ。
赤ちゃんを抱っこしたミカが微笑んでいる。
みんなミカの赤ちゃんを
「可愛いね。可愛いね」と言い、ミカのことを
「えらいね。すごいね」と褒めたたえた。

「あたし今日、人生で一番褒められてるかもしれない」ミカは、幸せがしたたり落ちそうなほどに輝いていた。マリアもそのさまを眩しく見つめた。ミカはまるで聖母マリア様のようだった。
「わたしよりもミカのほうがよっぽどマリア様だ」マリアは思わず呟いた。
卒業式に参加した赤ちゃんは三人だった。
卒業式を見に来た町のおばあちゃんたちが
「今年は赤ちゃんが三人なの?寂しいわね」と言った。
「昔はもっとたくさんの赤ちゃんがいたわよね」
「戦争を知らない子供たちは、一体どれくらい赤ちゃんを産んでくれるのかしら・・・・・」
また別なおばあちゃんたちが心配そうに呟いた。
マリアが見学をした神社への就職を勝ち取ったのは、学年で一番ふくよかなゆかりちゃんだった。
ゆかりちゃんは
「お母さんからはもう少し痩せなさいって言われるけれど、神社でお勤めをしてると、みんなが美しいと褒めてくれるの」
「そのうえ ありがたい。ありがたいって女神様のように大事にしてくれるのよ」
そう言って、神社でのお勤めに幸せを感じているようだった。
壇上では校長先生が
今度からは高校の校長先生からアイスクリームをもらいなさいと冗談を言っていた。
再会
きんぽうげの咲く三月。春休みに春子ちゃんは大好きなプレハブ小屋に戻ってきていた。
マリアはあの日のように、菜の花の花束を持って、春子ちゃんの小屋を訪ねた。ヒーローも喜んで飛び跳ねた。
春子ちゃんは相変わらず最初に作ったお気に入りの巻きスカートを着ていた。
モスグリーンのアッパッパは色褪せてダメになっていた。
春子ちゃんは何か楽しいことをする天才だったのに、親戚の家にホームステイした影響か、自由人からいっぱしの常識人に変貌していた。春の明るいうちから花火をしようと言われるぐらいのことを覚悟していたが、そんなこともなくすっかり大人びていた。
マリアは小屋の中で、ジュニア向けの洋裁本を広げて、春子ちゃんと頭を突き合わせて、何を作るか相談していた。そう、マリアが一番好きな時間だ。ヒーローも仲間に入ろうと、ぎゅうぎゅうと割り込んできては、春子ちゃんとマリアを交互に見つめた。

春子ちゃんは、深緑のマドラスチェックのタイトスカートにした。
「わたしはワンピースがいいなあ」あのひとがちんちくりんと酷評した布をワンピースにしよう。
「ヒーローは裸ん坊。楽でいいねえ」春子ちゃんがそう言って笑った。
高校の制服
真新しい制服も届いた。
スタイルの良い春子ちゃんの制服は、規格通りの既製品だった。
ちびなマリアは町の仕立て屋でこだわってフルオーダーした。
「襟は真っすぐじゃなくて十五ミリカーブしてほしいんです」
「体は小さいですが、後ろ襟から見えるスカーフは規格通りにしたいので、後ろ襟は標準サイズにしてください」
マリアが次々と注文を付けると
「やれやれ、こんなに口うるさいお客は初めてだよ。いっそのこともう自分でつくったらどうだい?」町の仕立て屋さんはマリアの専門的な注文に辟易していた。
それでもマリアとしては、たくさんある希望の九割を言わずに飲み込んだのだ。
「成長するからスリーサイズ大きくしてちょうだい」あの人の一言で、縫いかけの制服も、取り決めたもろもろもすべておじゃんになった。五号サイズのマリアに対して十一号サイズの制服が出来上がった。
スカートのアジャスターは一つでは足りなくて、ふたつ並んでいた。マリアがふたり入りそうな大きさだった。びっくりするほどぶかぶかだった。
進学
うららかな春のひとときを過ごした後、春子ちゃんと同じ高校に進学した。
三年前のあの時と同じように桜の花が舞っていた。
第二部おわり お話はつづきます
