2-5 事実をもとにした物語!昭和50年代の少女たち 第二部 五章

丘を駆ける白い犬 小説

夢と約束

きんぽうげの春

南国の短い冬が終わり、早い春がやってきた。三月にはもうソックスを脱ぎ捨て、サンダルだけで歩けるような陽気になる。海水浴だってできるのだ。

町にはこの季節になると、国道沿いには真っ白いヒメジオンが一面に咲き乱れ、神社の裏の丘は、きんぽうげの花で埋め尽くされた。

真っ白に花咲く国道沿いも、森の中を黄色で埋め尽くすきんぽうげも美しかった。
黄色いきんぽうげの中を駆け回るヒーローの姿は、まるで桃源郷を駆ける白龍のようだった。

少女の憧れ

春子ちゃんの夢を叶えるために、マリアは鳩のスーパーの布売り場にいた。何度も通った場所だ。その日、目も覚めるような 鮮やかなピンクの小花柄のポリエステルの布に出会った。

偽りのない、まっすぐなピンクだ。
マリアは、確信のようなものを得て、そのピンクの布を買って帰った。

春子ちゃんは身長が高いので、かわいい色を着るときには工夫が必要だ。
それは八枚はぎの、マーメイドのスカートにすることにした。
ウェストから膝まではタイト、膝下が広がる形だ。

そのポリエステルは薄手だったので、裏地も必要だった。裏地も八枚はぎのピンクのキュプラで用意した。凝った作りだった。
そのスカートを作るのに丸々十日間を要した。

ピクニックアフタヌーンティー

次に、お誕生日のアフタヌーンティーの準備をした。

季節はちょうど芝生にすみれの花咲く季節だった。会場はすみれの絨毯の上に決めた。
芝生の上にギンガムチェックの布を広げた。布一枚だけでは、新しい緑がチクチクと足を刺した。マリアは、布の上にクッションを二枚用意した。
アフタヌーンティー
薄切りのきゅうりのサンドイッチ、卵のサンドイッチ、ハムとチーズのサンドイッチ。
ホットケーキ、牛乳と混ぜて作るデザート、手作りのプリン。

そして、気取ったお紅茶。

すべて家にあるものだけで作れた。ささやかな、そしてボリュームたっぷりのアフタヌーンティーだった。

気取ったお紅茶をロココ調の急須に入れて、しとやかに運んでいると、もうとっくにカップにティーパックを浸した春子ちゃんが、チャプチャプと揺らしていた。
しかも、ひとつのティーパックを、ふたつのティーカップに、交互に浸しながら、チャプチャプ揺らしていた。

「春子ちゃん。パックを揺らしても美味しくはならないのよ」マリアは説明した。

「揺らして出てくる茶色い液体はそれは単なる植物のタンニン色素で紅茶の旨味とは別物なのその上主に苦い味がするのよ雑味が出てお茶本来の味も味わえなくなってしまうのよお紅茶は九十八度のお湯の中にそっと浸してそのままにしておいてうっすらと色がついたらそっと引き出すとおいしいの特にこれはアールグレイだから香りが命なのチャプチャプすると香りが飛んでしまうから・・・・・」

「だー。やかましい」
春子ちゃんは紅茶をチャプチャプして、二杯分にするのが好きなんだそうだ。

春子ちゃんをお招きして、ピクニックをしていると、ヒーローは焚き火の焼き芋の方が楽しいと言うような顔をしていた。

ヒーローはホットケーキの端っこを少しもらって不服だった。

お腹が膨れたら、スカートの試着タイムだ。スカートは、あらかじめマリアの部屋に飾ってあった。

マリアはそのことを隠しておいて、ただわたしの部屋に行こうとだけ誘った。

春子ちゃんがマリアの部屋のドアを開けた。
「うわぁ~どピンクだぁ」
飾ってあるスカートを見て、春子ちゃんが目を輝かせた。

春子ちゃんにとって生まれて初めてのピンクのお洋服だった。春子ちゃんのお母さんは、いつも春子ちゃんにかっこいいお洋服を着せた。
長身でかっこいい父さんに惚れ込んでいた春子ちゃんのお母さんは、父親に似ている娘に、ある種の憧れを託していたのだろう。

生まれて初めてのピンク。はじめての可愛い服。嬉しそうに、春子ちゃんはスカートの裾に足を通した。
かわいいピンクのスカート
動くたびに、スカートの裾だけが、ひらひらと金魚のようにひらめいた。
長身の春子ちゃんによく似合っていた。背の低いマリアには、絶対に着られないデザインだった。
これは春子ちゃんだけに似合う、唯一無二のスカートだった。

町の移り変わり

立派な国道

町のほとんどは、金園さんの私有地だった。町の住民たちは、自由に原付バイクで行き来をした。私有地だから、子供たちも自由に原付バイクで家業を手伝い、配達をし、トラクターで畑を耕した。

国から何度か注意が入ったが、町の人たちは生活そのものを変えようとはしなかった。小さな町の中で、安全に幸せに生活していた。
ある日突然、大きな国道ができた。小さな田舎町には大きすぎる、四車線の立派な国道だった。
国道沿いのヒメジオン
「随分と立派な道路だねえ」町の者たちは豊かになった日本の姿だと感じた。

「なぜこんな小さな町に、こんな大きな国道を通すんだい?」
「さてねえ。大きなトラックがたくさん通るんじゃないかねえ・・・・・」町の者たちは大きくてまぶしい道路に目を細めた。

一方で、四車線の大きな国道を子供が原付バイクで横切る事はほぼ不可能になった。速度の鈍いトラクターもそうだ。

町は結果的に二分割されることになった。子供たちは次第に国道の渡れない不便な原付バイクを止めて自転車を使うようになった。

鳩のスーパーは国道の向こう側だった。そのうえ、スーパーの手前に信号機まで設置されたものだから、買い物に行くには、まず旧道の信号待ちをし、それから国道に渡された大きな歩道橋を上り下りしなくてはならなかった。

生活は一気に不便になった。
春子ちゃんの食卓からも唐揚げが消え、また白和えとお野菜だけの食卓に戻った。

春の通り雨

春雨の季節になった。学校帰りにいきなり土砂降りになった。

取り急ぎ、春子ちゃんの小屋で雨宿りをさせてもらうことにした。

小屋まで走り、鍵のかかっていないサッシ窓を開けると、二人は大急ぎで濡れた体をタオルで拭いた。

大粒の雨だった。
小屋のトタン屋根は、大きな音で喚いている。まるで百人のドラマーが一斉に屋根を叩くようだ。

「これじゃ雨の日は眠れないんじゃないの?」
マリアが言うと、春子ちゃんはもう慣れっこだと言った。

おしゃべりをしていると、今度は雨漏りが始まった。春子ちゃんは、手慣れた様子で、お茶碗とバケツをピンポイントで並べていった。いつも雨漏りする場所は決まっているのだ。

トンテンカンとお茶碗とバケツは合奏を始めた。
雨漏り
これはひどい。ベッドの上にも雨漏りがしている。ベッドの上のお茶碗を避けてしまうと、そのまま布団が濡れてしまうではないか。

「大丈夫なのよ。本当にひどいときには、母屋に泊まるから」
春子ちゃんは、あくまでもこの自由な部屋を気に入って住んでいるのだった。

「雨漏りなら簡単に治るよ」マリアはよく乾いた晴れた日に、六十円のパテをふたつ買って小屋を訪ねた。

春子ちゃんに、雨漏りの場所を聞きながら、パテで雨漏りを塞いでいった。

餅つき大会で使ってそのままになっていた青いビニールシートをおばあちゃんにもらって重ねて敷いた。
その上から、土嚢を四つだけ乗せた。
土嚢にヘチマの種を埋めた。

「あんたって呆れるほど何でもできるよね」
春子ちゃんは半ば呆れて眺めていた。

大発生(虫の話)

その年の春は長雨だった。田んぼの虫たちが大喜びをした。

ある日の夜、眠っていると、首をもぞもぞと這うものがいる。手で振り払うと、それは巨大なムカデだった。
次の日は胸元にもぞもぞと這うものがいる。また手で振り払おうとすると、そいつは胸元に噛み付いた。
やはり大きなムカデだった。

その年は、ムカデが大発生し、毎日毎日噛まれた。あまりにも噛まれすぎて、噛まれても大騒ぎをしなくなった。

同じ家に住むあの人は、ムカデに噛まれると、その都度大騒ぎをし、総合病院に車を飛ばして治療しに行っていたが、マリアが噛まれても、いつも通り
「あぁ、うん」
と言うだけで、病院につれて行った事は一度もなかった。

あの人は赤ちゃんのために、二階の部屋に最先端のクーラーを取り付けた。冷房をキンキンに十九度に入れると、ムカデたちは寒さに退散して、部屋に入ってこないのだ。

ある朝、あの人の車に巨大なムカデが出た。あの人は悲鳴を上げると車に乗るのを諦め、歩いて職場へ向かった。
車にムカデが
猫のいる家では、比較的ムカデの被害が少なかった。猫は動くものを見るとやっつける。ムカデを食べる子もいた。

マリアの家や春子ちゃんの小屋には猫がいなかったので、ムカデが大発生してしまった。

虫退治

百匹ものムカデを一つ一つやっつけるのは至難の技だ。一番良い方法は、バケツの中に洗濯用の塩酸を入れておくことだ。
そして、虫を掴むための、火バサミかトングをひとつ。
ムカデ退治
ムカデが出たらトングでつかんで、どんどん塩酸の中に入れていくのだ。見つけ次第入れていくと、朝にはバケツがいっぱいになる。

それを毎朝廃棄するのが一番簡単な方法だった。

一匹二匹出るなら捕まえてゴミと一緒に燃やすなり、一対一で格闘するなり、いくらでも方法がある。だが、ひとり対百匹の場合は、このように退治するのだ。

丸腰の時に敵に遭遇したら、ティッシュボックスをヤツの鼻先に置くと、自然とそのティッシュボックスの中に入って隠れようとする。そのティッシュを箱ごと燃やせば安全で早かった。

ある朝に満タンになったマリアのバケツを見て、お父さんが悲鳴を上げた。
マリアの部屋にも、桃子ちゃんとお父さんの采配でクーラーが取り付けられた。

春子ちゃんの小屋は床下の板を開けて、薬剤を撒くだけで抜群に効果があった。ムカデに関しては、むしろ春子ちゃんの小屋の方が被害が少なく、快適に過ごすことができた。

広くて、大きなマリアの家はずっとムカデ退治に追われることになった。

ヒーローにしばらく猫たちを追い払わないようにお願いした。猫たちにはお礼の煮干しをあげて、しばらくこの家の庭で頑張ってもらうことにした。

十匹ほどの野良猫が、煮干しと引き換えにムカデ退治を引き受けてくれた。

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