ノンフィクション!昭和50年代の夢ごころ 高度成長期の服飾物語 二章

完熟トマト 小説

家弔い

季節は田植えが終わり、田んぼに全て水が張り巡らされて、季節は梅雨へと向かっていた。湿っぽい空気の中、色鮮やかな糸トンボが湿地の上をとびまわり始めた。
カエルたちが、ゴウンゴウン ブオーンと奇妙な合唱をしている。

その日 普段は仲の悪い義実家に、早苗は母と一緒に訪れていた。珍しいことに近所の人たちも集まり、ごちそうが並べられていた。煮豆、煮魚、旬の小さなトウモロコシ、わかめの酢の物。まるでお祭りのような品揃えだ。

「今日はどこのお社のお祭りなの?」早苗が尋ねると、近所のおばちゃんたちがケラケラと笑って言った。
「お祭りじゃないよ。お弔いだよ」お弔いと言いながら、おばちゃんたちは楽しそうに笑っている。誰かが亡くなったのではなくて、きっとお弔いの神様のお祭りに違いないと早苗は思うのだった。

今日はなぜかみんな なごやかにご馳走を囲んで楽しそうにしている。いつもは一時間ほどで足速に帰ろうとする母も、今日はなぜかゆっくりとしていた。時刻は七時半を回った。

田舎では二十一時には寝静まる時間だ。それなのにまだ誰も家に帰ろうとしない。今日はどんな祭りがあるのだろうか。
早苗はもう食べきれないごちそうを前に額の汗を拭った。

その日は、その年で、一番湿っぽく、蒸し暑い日だった。

みんながご馳走を食べた後、時刻は八時になった。周りの民家ではお風呂に入ったり、裕福な家庭ではテレビのゴールデン番組を見ている時間だ。

「さぁ、お弔いがあるよ」と大人たちは掛け声を上げて、それぞれ水を貼った田んぼに向かって行った。
田んぼでは、蛙たちがさらに大きな声で 雨の喜びを歌っている。
ここでも、赤いカンナの花が、美しく私たちを見ている。
地域の住民が集まった。

水を貼った田んぼの中には、数軒の古い民家が立っていた。

やがて、田んぼの中の家がひとつ、ゴーゴーと言う音とともに、激しく燃え始め、その炎は家を丸ごと飲み込んだ。
家弔い
その家の奥さんはニコニコしながら愛犬を抱っこし家を眺めていた。
この頃の家は完全に木造で、古くなった家はこうして梅雨の日に安全に弔って天に返すのであった。

それはまるでキャンプファイヤーのお祭りのようだった。けれど、家を飲み込むほどの炎は小さな早苗にとって少し恐ろしく感じたのだった。

時代の移り変わりとともに、家弔いを見るのは、それが最後となった。

おしゃれな転校生

嘘つき麦ちゃん

新学期に都会からあか抜けた女の子がひとり、転校してきた。田舎の子が見たこともないような、ベビーピンクに赤いバラの刺繍のセットアップのおしゃれな女の子だった。早苗はそのバラのセットアップをきっかけに麦ちゃんと仲良くなった。
早苗は毎日、麦ちゃんの素敵な都会の服に見とれたのだった。
美しい麦ちゃん
麦ちゃん自身も、異国的な魅力のある女の子だった。浅黒い肌に、二重の大きな瞳。漆黒のうねりのある髪。
「麦ちゃんの目は大きいね」と言うと、横浜の異人さんの村の近くで生まれたらしい。麦ちゃんの大きな瞳も、都会のお洋服も、すべてが早苗にとってキラキラして見えたのだった。
クラスの女の子たちは、美しくておしゃれな麦ちゃんに嫉妬した。都会の素敵な話をしてくれる麦ちゃんを、嘘つきと罵った。麦ちゃんには友達ができなかったので、早苗はすぐに友達になることにした。
麦ちゃんの話を聞いたり、麦ちゃんの素敵なお洋服を見ながら、次の季節までにこんなセットアップのお洋服を作ろうと思うのだった。

嘘つき麦ちゃんのラフレシア

麦ちゃんは森の中でラフレシアを見たのだという。その花は夏にしか咲かないけれど、間違いなくラフレシアだったのだ。この話をするとクラスメイトは麦ちゃんのことを
「嘘つき!嘘つき!」とはやし立てた。
早苗は夏になったら、麦ちゃんとラフレシアを探しに行く約束をした。

危険な植物

たばこ畑

南国の夏は早かった。季節はあれよあれよと夏になり、美しいカンナの花が用水路の横に、あぜ道の横にと咲き始めた。白いトケイソウも高く伸びた蔓の先で、夕方になると一斉に白く淡やかな姿で道行く人を見下ろしていた。

真っ赤なカンナのところには、黒い大型のアゲハ蝶が群がり、美しい夏の風景が広がり始めた。
赤いカンナ
昭和の夏は暑くても二十八度。三十度を超える日は少なく、過ごしやすく、子供たちが遊びやすい季節だった。私たちは毎日真っ黒になるまで野山で遊んだ。

田んぼの稲はすくすくと育ち、そろそろ黄金色に変身し始める。たばこ畑も子供の背を追い抜くほどに成長していた。

青々としたたばこ畑は美しかった。どんなに美しくても、たばこ畑は危険だから、子供は絶対入らないようにと注意をされていた。
早苗はいつもたばこ畑の真ん中の美しい用水路に、大きく太ったザリガニがいるのを横目で見ながらも、たばこ畑に立ち入る事はなかった。

ある日、いつも通りにたばこ畑をの横を通って帰宅していると、大人たちがバタバタとかけ回っているではないか。
聞くと、子供がたばこ畑で倒れたそうだ。
危険なタバコ畑
夏の蒸し返る熱気の中で、大量のタバコの蒸気を吸ってしまったのだ。
子供の手にはしっかりと大型のザリガニが握られていたらしく、すぐにたばこ畑の用水路には蓋が取り付けられた。

山ぶどうと毒ぶどう

もうすぐ夏休みだった。このころ子供たちは、学校の帰りに山ぶどうを食べながら帰宅した。
早苗たちにはゲーム機もお小遣いも無かったけれど、野山は豊かな食糧庫であり、遊び場だった。わたしたちはみんな豊かで、いつも女王様になった気分だった。
食べきれない山ぶどう、すっぱい山ぶどうは持ち帰って氷砂糖でシロップ漬けにした。発酵してワインになってしまうので、早苗はこの飲み物が好きではなかった。

ミンミンゼミの声を聴きながら、早苗は麦ちゃんと、そして港に住んでいるあさ子ちゃんと、下校しながら山ぶどうを食べた。
海辺に住むあさ子ちゃんは海のことには詳しかったが、野山のことには疎かった。
あさ子ちゃんが危険な毒ぶどうを手にしていた。
危ない毒ぶどう
早苗は慌ててあさ子ちゃんの手をつかんだ。
「あさ子ちゃん、それ、まだ食べていないよね?」早苗の言葉に、あさ子ちゃんはきょとんとして、手に持った毒の実を差し出した。
早苗はあさ子ちゃんの両手をつかんで言った
「あさ子ちゃん、これ、わたしに頂戴」

それを聞いていた麦ちゃんが、慌てたように
「食べられないよ」と言う。

早苗は首を振りながら、
「食べるんじゃないの。これで染物をしましょう。白いハンカチを紫にするの。きっと素敵よ」

あさ子ちゃんと麦ちゃんは、白い木綿のハンカチを染めるのがもったいないという理由で、やらないことになったけれど、毒の実を回収することには成功したのだった。

小鳥のお舟

あさ子ちゃんは色白のおかっぱの女の子だった。賢く素直で優しくて、誰もがあさ子ちゃんが大好きだった。あさ子ちゃんも麦ちゃんとお友達になってくれた。あさ子ちゃんは麦ちゃんの話をいつも素敵だと言って頷いてくれた。

あさ子ちゃんは海のことには大人のように詳しかった。物知りのあさ子ちゃんは、小鳥のお舟という歌を聞かせてくれた。
賢いあさ子ちゃん
「嵐の日には
ことりぶねが来るよ

嵐に隠れて
ことりぶねが来るよ

ことりぶねには金銀財宝
宝石をみてごらんと
ことりさんは言うよ

その宝石を見てはいけない
目玉を食べられてしまうから

やさしいことり
きれいなことり
その船に乗ってはいけないよ」

「素敵な歌ね」と早苗は言った。
「小鳥さんは優しくて、きれいで金銀財宝を持っているんでしょう?どうしてお舟に乗ったらいけないのかな」
小鳥のお舟
早苗の疑問に、あさ子ちゃんは考え深そうに目を伏せると、
「子供がひとりで海に行ってはいけないっていう歌だよ」と言った。
早苗には小鳥さんは魅力的に思えた。

ラフレシア探検隊

新しいセーラーブラウス

早苗は、夏用の服を作るために、レモンイエローのしなやかなブロードを一メートル手に入れた。
可愛いノースリーブのセーラー服にするのだ。
セーラーカラーは簡単にフリルを縫い付けて子供らしいセーラー服が出来上がった。
セーラーカラーのブラウス
これでどんなに暑い夏が来ても大丈夫。早苗は麦ちゃんとラフレシアを探す冒険の準備を始めた。
レモン色のセーラー服、白のショートパンツ。水筒とお菓子。
早苗と麦ちゃんは、夏休みにラフレシア探検隊を結成した。

完熟トマト

当日、麦ちゃんと待ち合わせをすると、麦ちゃんは真夏のトマトを持ってきていた。早苗はトマトが好きではなかった。
完熟トマト
完熟トマトに、麦ちゃんが先にかぶりついた。完熟した果汁が滴り落ち、甘い香りを放った。
トマトの青臭さはなく、その果汁からは甘いフルーツの香りがした。
早苗は思い切ってその完熟トマトにかぶりついた。そこには経験したことのない素晴らしい甘さがあった。
この時から、早苗はトマトが大好きになった。

トマトで腹ごしらえと、喉の渇きを潤したふたりは森へと向かった。
いざ冒険へ
途中、麦ちゃんは、村の共同炊事場の水をごくごくと飲んだ。
早苗はその水を上手に飲むことができなかった。早苗には、その水は独特の癖があるように感じられたからだ。

いざ!森の中へ

早苗は水筒の水を大切に飲みながら、ふたりは奥へ奥へと進んだ。
しばらく進むと、何とも言えない腐ったような香りが漂ってきた。

麦ちゃんが鼻を指で抑えながら
「もうすぐだよ。ほら」と、早苗を振り返る。早苗もうなずいて、足早に前に進んだ。臭いが強い。もうすぐだ。もうすぐだ。
ラフレシアは本当にあったのだ。
ふたりは胸を踊らせながら、足場の悪い獣道を進んだ。

遠くににおいを放つ巨大な何かがあった。見つけた!間違いなくラフレシアだ!大きく三メートルにも広がっている。もしかしたら人食いラフレシアかもしれない。

ふたりは身近な木の枝を手にして、そっと近づいた。今にも倒れてしまいそうな腐臭だ。息を止めて・・・・・

えいやっ!とラフレシアの前に踊り出た。
人食いラフレシア
ラフレシアは動かなかった。人食いラフレシアではなかったのだ。

いや、それはラフレシアではなかった。ふたりの前に広がっていたのは、腐ったブドウと、腐ったトマトの山だったのだ。

ふたりは横目で顔を見合わせ、このひどい臭いからとりあえず退散することにした。

逃げるように森を抜け、獣道を走り、林道にたどり着くと、もう笑いが止まらなかった。
早苗と麦ちゃんは笑って笑って、お腹が痛くなるまで笑った。
なんて、素晴らしい夏の冒険だろう。

二学期になったら、ラフレシアは本当にあったと伝えよう。ふたりにとっては、あれは紛れもなく本物のラフレシアだったのだから。

台風の襲来

道草

ふたりが笑い転げながら、帰路に向かっていると、荒れた海が見えた。
嵐が来る
麦ちゃんが
「嵐が近づいてるね」

と、言った。

早苗は、そうだねと同意しつつも、ぐずぐずと道草をしていた。まだ冒険の余韻が収まらなかったのだ。

「早く帰ったほうがいいよ」麦ちゃんにせかされて早苗はしぶしぶ帰路へ向かった。

早苗の中には、抑え切れない冒険の余韻が残っていた。
どうしてもまっすぐ家に帰る気になれず、いつもと違う道を遠回りして帰ることにした。
途中の沢に足を浸し、冒険用のお菓子を食べた。早苗にはまだ冒険が続いているように思えた。

植林された杉林の中を通り抜けて、帰路へ向かった。風がだんだんと強くなり始めている。嵐が来る頃には家に着いているだろう。

命がけ

早苗が曲がりくねった杉林を通り抜けていると、嵐はだんだんと強くなっていった。
ビューンと強い風が吹いたその時、早苗の前方でバキバキと大きな音がした。

まだ幼い杉の木が、強い風で折れてしまったのだ。幼い杉の木といっても。六メートルはある。そんな六メートルの杉の木が、風と共に、右から左からと倒れ始めた。

早苗は林道の中にいる。逃げ場は無い。
何とか、ここを足ばやに通り過ぎるしかないのだ。早苗は、嵐の前に愚かな選択をしてしまったのだ。

バリバリと言う音と共に、右の杉の木が折れて倒れてきた。
また、次にドーンと言う音とともに、左から杉の木が倒れてきた。硬い杉の木は、まるで柔らかなカーテンのように大きく風にしなっていた。
命がけ
とにかく、一刻も早く、この場を離れなければ、命がないだろう。

また、右から左からと杉の木が倒れてくる。早苗は走った。とにかく走った。走るしかなかった。そして命からがら杉林を抜けることができた。

家まではもう少しだ。家の周りにも杉林がある。でも大きく成長した立派な杉だから、簡単に折れる事は無いだろう。

少し安心しながらも、突風の中を歩き続けると、突風が直接耳の中に吹き付けてくる。早苗の耳は音を捉えることができなくなった。これではどこかで木が倒れても音では気がつくことができない。家までもう少し何とか頑張るのだ。聞こえなくなった耳を庇いながら、早苗は目をしっかりと使って進んだ。

家の前に着いた時、早苗はほっとする間もなく恐怖に尻餅をつくことになった。家の前の杉の巨木が倒れていたのである。

早苗は愚かだった。嵐が来るのがわかっていて、早く帰るように教えてもらっていながら、ぶらぶらと道草をしてしまったのだ。

早苗は玄関の前に倒れた杉の巨木を避けながら、何とか家の玄関のドアを開けた。体は激しい雨に打たれて冷え、唇は紫色になっていた。
もう二度と、こんな愚かな事はするまいと誓った。

輝くとき

嵐の後に

嵐はその日の夜には去っていった。
次の日の早朝、あさ子ちゃんから電話がかかってきた。わざわざ公衆電話から電話をかけてくれたのだ。

「早苗ちゃん海へおいでよ。この前はぶどうをありがとう。嵐の後は海が素敵なの。今すぐ来て」
あさ子ちゃんは興奮気味に続けた。
「朝ご飯は要らないわ。今すぐ来て欲しいの」

あさ子ちゃんは普段は物静かな子だった。そんなあさ子ちゃんが少し興奮気味で今すぐ来てと言っているなんて、よほどのことに違いない。早苗は急いで身支度をして自転車で海へと走った。

空はほんのりと夜が明け始めている。新聞配達のおじさんが、おはようと声をかけてくれた。おじさんのポケットのラジオから、
「夢を遮るものはない
地上より彼方へ・・・・」とドライブビートの音楽が聞こえた。

海へ到着すると、あさ子ちゃんと麦ちゃんが待っていた。
波は昨日と違って穏やかに澄んでいる。
朝日を浴びた砂浜には、たくさんの宝物が転がっていた。

大きな岩牡蠣、逃げ遅れた魚、迷子のアサリ、異国のガラス玉、珍しい深海魚、毒のあるクラゲ、美しい貝殻・・・・・
どれもがキラキラとして素敵な宝物に見えた。

打ち上げられた大きな岩牡蠣を、かごいっぱいに拾った。
素敵なガラス玉も迷子のアサリも、全部同じかごに夢中で投げ入れた。早苗にはあさ子ちゃんと麦ちゃんが、光の粒を拾っているように見えた。
あっという間に籠は光でいっぱいになった。

すると、あさ子ちゃんが綺麗な潮溜まりに行って岩に腰掛け、手招きをする。
あさ子ちゃんはさっと岩牡蠣を洗い、器用に岩牡蠣の身を取り外し始めた。
早苗たちは、差し出された新鮮な岩牡蠣をつるりと飲み込んだ。
新鮮な牡蠣は甘い磯の香りがした。

三人で拾い上げた岩牡蠣をペロリとたいらげると、軽くなった籠を抱えて、また続きの宝探しを始める。
またたくさんの岩牡蠣が取れた。これは家に持って帰って、今日の夕ご飯にするのだ。

その日の夕食は、あさりの味噌汁と岩牡蠣だ。

生きた魚は手に負えないので、あさ子ちゃんがひとりで持って帰ることになった。

三人はいっぱいになった籠を日陰にそっと置くと、身軽になった体で伸びをし、太陽と風を浴びた。

気持ちよかった。まるでこの世の太陽と、この世の風が、全部自分たちのためだけにあるみたいだった。
輝くとき
それだけじゃない、海も波も空も、空を渡る鳥の鳴き声も、全部全部早苗たちを祝福しているかのような朝だった。

登り始めた朝日の中で三人は裸足でかけ回った。黄金の光の中で、少女たちは輝いていた。

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