ノンフィクション!昭和50年代の夢ごころ 高度成長期の服飾物語 四章

一通の手紙 小説

動き出した時間

一通の手紙

早苗が我に帰ったのは、十一月一日のことだった。
その日の夕方、郵便受けに一枚の手紙が届いた。

横浜からだった。宛名は麦ちゃんのお母さんの字だった。中を開けると見覚えのある花柄の便箋が二つ折りにされ、赤い木の葉が挟まれていた。それには西洋の香水が降りかけられていた。
麦ちゃんが好きそうな演出だった。麦ちゃんは生きているのだ。
黙って横浜へ帰ってしまったのには、色々と事情があったに違いない。

気がつくと、早苗は襟元の破れた碇模様のブラウスを着ていた。
十一月だと言うのに、フレンチスリーブの破れたブラウスを着ていたのだ。
止まった時間
季節は二ヶ月が過ぎていた。壁には八月三十一日のまま、時の止まったカレンダーがあった。早苗はほこりをかぶった八月のカレンダーをめくって破った。
今日、早速、冬物の衣類の準備をしよう。

昭和五〇年代には、ちゃんとした防寒着があるわけではなかった。主婦たちはセーターの上から割烹着を重ね着し、子供たちは木綿の薄物を重ねて着るだけのことが多かった。
暖かい衣類と言えば、フランネルか毛糸のセーターだった。

気がつくと、ラベンダー色のスカートにも大きなシミができていた。
ラベンダー色のスカートと碇模様のブラウスは処分することにした。

早苗は、去年のフランネルの赤いスカートを取り出した。ミント色の手作り風のセーターも。

それに着替えると、かねてからの夢だった、麦ちゃんが着ていたようなセットアップを作ることを決めた。

冬物の素材は、鳩のスーパーにも少なかった。絹のベルベットは置いていなかったのはもちろんのこと、ちゃんとしたウールの取り扱いもなかった。
もちろん、それを売っていたところで、早苗に手の届くものであったとは思えない。

早苗は一番安い別珍の紫色の布を買って帰ることにした。その安い布は、蛍光灯にあたると荒っぽく光った。

憧れのセットアップ

麦ちゃんを思い出しながら、どんなセットアップを作ろうかデザインをした。
ノートの端に鉛筆で、シンプルなキャミソールドレスとボレロの絵を描いた。

そのドレスは、素肌に着るとドレスになり、ブラウスの上から着るとジャンパースカートになる万能なドレスだった。

細い肩紐のついたウェストで切り替えのあるシンプルな別珍のドレスを作った。
その時点で、だいぶかしこまったお洋服になった。
上着はきちんとしたボレロにするのではなく、簡単なマーガレットと呼ばれる羽織にすることにした。
紫色のドレス

そのドレスとマーガレットをそのまま着ると、それは少しフォーマルなドレスセットになった。大人になった気分だった。それは十八歳のお姉さんが着ていてもおかしくないような大人びたものだった。

早苗は、そっと自分の髪に、ピンク色の秋バラを飾ってみた。ますます大人の気分になれた。

その日の夜、お父さんがそれをつかんで、早苗の部屋に怒鳴り込んできた。

「なんだこれは!」といって、出来立ての服を床に叩きつけた。

「こんな下品なもの!」

お父さんは激しく怒っていた。早苗は、それはブラウスの上から着るジャンパースカートと言うものだと説明をした。
それならばスカートだけなら着ても良いという許可が下りた。

早苗はすっかり大人のつもりでいたけれど、まだまだ十一歳の子供なのだ。

電気が変えたもの

電気の来た日

早苗の家には電気があった。電気の通った場所に小学校に上がる前に引っ越したからだ。リカやミカの家もそうだった。

だけど、深い山で暮らしている者たちは、焚火とわずかなプロパンガスが頼りだった。

早苗のお父さんは、今をときめく電柱登りだった。電柱を立てて電気を引く子供たちの花型だった。お母さんは、そんなお父さんに惚れたに違いない。

その日も、町中で工事が行われていた。電柱登りは実際には重労働で過酷な労働だった。

季節は年の瀬に向かっていた。

「街の人全員が紅白歌合戦を見ることができますように・・・・・」今年中に電気を引くためにおじさんたちが頑張って働いていた。

その日、ピンクや黄色のカラフルなテープに花の形のリボンが飾られ、それを町長さんがカットすると、町中に明かりが灯った。

町中がワーワーと大声を上げ、お祭りのような騒ぎだった。これほどのお祭り騒ぎをしておきながら、出店はなかった。
電気の来た日
「これで紅白歌合戦が見られるぞ」
みんなが一刻も早く家に帰って、テレビを見たかったのだ。

その時の町長さんは、神様のように崇められた。町中に電気を引くために四方八方に力を尽くしてくれたらしい。早苗には大人の事はわからなかったが、素晴らしいことだとだけわかった。

その日の夜、すっかり酔っ払った町長さんから電話がかかってきた。お母さんの上司だったのだ。べろんべろんに酔っぱらっていたので、早苗は知らないおじさんから電話がかかってきたと思い、
「恥を知りなさい」と町長さんをしかりつけ、その後の笑いの語り草になったのだった。

楽しい停電

田舎町は植林地帯であったため、北風と倒木で電気は止まりがちだった。停電するたびに、電柱登りの男たちと、植林畑の男たちが急いで復旧作業をするのだ。

一度止まると一時間や二時間は電気が来なかった。
すべての家にプロパンガスがあったので、お料理をすることには困らなかったが、電気がないと宿題をすることができなかった。そんな日は宿題が免除された。

子供たちにとって、停電は楽しいイベントだった。暗闇の中で何もできない時間を楽しんだ。
楽しい停電
ろうそくの明かりはロマンティックだった。ろうそくを灯すと、子供たちは炎に願い事をした。
「ダイエットできますように」
「宿題が減りますように」
「早く春が来ますように」

それはまるで毎月七夕祭りが来るような感覚だった。

電気がなかったころ、宿題はとても少なかった。あかりが灯るようになってから、宿題は確実に増えた。
宿題は朝にするものから、夜にするものになり、子供たちから夜の空想の時間を奪った。

消えつつある死神

電気が町中に通ってから、町からは暗闇が消えた。かつては暗闇の中から、いつもなにか もののけの類が人々を狙っていた。心に隙があれば、人々は暗闇にのまれたものだった。

しかし電気が来てからは、もののけや妖怪はテレビアニメーションの中の生き物になった。

おりしもそのころには、テレビで妖怪アニメーションが流行っていた。大人も子供も夢中になった。妖怪はもはや怖い存在ではなくなっていった。

こうやっていつか、死神もテレビの中だけの存在になっていくに違いない。

夜のお出かけ

街にクリスマスのサーカスがやってきた。お父さんが一緒の時だけ紫色のセットアップを着ても良いことになった。
早苗は、お父さんと一緒にサーカスを見に行った。
クリスマスツリーは教会に行かないと見ることができなかったので、その日はツリーは見られなかった。そのかわりサーカスのテントの明かりが、巨大なクリスマスツリーのように輝いていた。

「それは子供の服じゃない。大人になってから着るものだ」
こんな華やかな時間に、お父さんは始終ぶつぶつと早苗の服のことを怒っているので、早苗は全く楽しめなかったし、ショーも覚えていなかった。早苗はずっと下を向いているしかなかったからだ。
でも、下を向くとそこにはお気に入りの別珍のスカートが見えた。サーカスの間中、早苗は別珍のスカートを、そっと逆毛に撫でて過ごした。
そのセットアップでお出かけをしたと言う記憶は、早苗の中で素敵な思い出になった。

銀杏並木

街には素晴らしい長い長い銀杏並木があった。南国の冬は遅かったから、十二月になってやっと銀杏は黄色く色付いた。
銀杏並木には街にふたつだけある赤い公衆電話と赤い郵便局ポストがあった。紅葉に映えて素晴らしく美しかった。早苗はいつまでも銀杏並木に佇んでいたかったが、防寒具がなかったので、寒くて五分と居られなかった。
銀杏並木
早苗は用事がなくても、毎年その素晴らしい銀杏並木を見に行った。
赤いフランネルのスカートも新しく作った紫色のドレスも、銀杏並木の中で美しく映えた。

早苗は郵便局で、麦ちゃんに出す葉書を買おうかと何度も考えた。もし、葉書を出したら・・・・・
いろんな、もし、が頭をめぐって買うことが出来なかった。

やがてお正月のご馳走を用意すると、新しい年がやってくる。
早苗は、紅白歌合戦よりも、ゆく年くる年の鐘の音を聞く方が好きだった。
いつか初詣に行って、本物の鐘の音を聞くのが夢だった。
幼い早苗は、まだ夜の初詣に行くことができなかった。早く大人になりたかった。

夜の漁火

漁火
冬になると、早苗の部屋からは、美しい漁火が煌々と輝くのが見えた。
その美しい漁火が何なのか、早苗にはずっとわからなかったが、去年、あさ子ちゃんが教えてくれた。
烏賊を釣るための船の明かりだと言うことを。
あさ子ちゃんは本当に何でも知っていて賢かった。それを早苗たちが解るようにかみ砕いて教えてくれた。
あさ子ちゃんに会うことはできなかったが、早苗の心の中にあさ子ちゃんの知恵が生きていることを嬉しく思った。

あさ子ちゃんは小鳥のお舟に乗ってしまったんだろうか。
早苗は夏の日に海のお宝拾いをした日のことを思い出していた。
あの日のお宝だけでも、あんなにキラキラしていたのに、小鳥のお舟はそれ以上にキラキラしているに違いない。

「ことりのおふねを見てはいけない
目玉を食べられてしまうから・・・・・」早苗はうろ覚えの歌を歌った。

早苗は、漁火を見ながらつぶやいた。
「もっともっと、いろんなことを教えてもらいたかった」

漁火の季節からは本格的な冬がやってくる。早苗は、自分の寒そうなワードローブを心もとなく眺めた。

お仕立てのジャケット

シルクのベルベット

お母さんが仕立て屋さんで上等のジャケットを作ってくれるという。早苗にとっての生まれて初めて絹のベルベットのジャケットだ。
早苗はワクワクと胸を膨らませた。早苗には絶対に扱えない、難しい素材だ。

紺色のきちんとした。ずっと使えるものにしよう。早苗は、まだ見ぬジャケットへの夢を膨らませた。

翌朝、お母さんと仕立て屋さんに向かった。仕立て屋さんには、色とりどりの高価な布が並んでいた。
鳩のスーパーには、絶対に無いような二桁違う布地ばっかりだった。

「うわあ」
早苗が夢見心地に布を選ぶように眺めると、お母さんはさっさとへんてこな、やかましい花柄の布を選んで決めてしまった。
その布自体は、とても素敵だった。でも癖が強かった。そのジャケットを羽織ると、その中に着るもの。その下に合わせるもの、全てが無地でないとならなかった。
早苗は、せっかくの上等なジャケットをどのようにコーディネートしようかと出来上がる前から頭を悩ませることになった。

二週間ほどしてベルベットのジャケットが出来上がってきた。
シルクのベルベットのジャケット
だが、それは早苗のどのお洋服とも全く合わなかった。
けれど着なかったら、またお母さんが怒り狂うに違いない。一体どうしたらいいものか早苗はあたまを抱えた。

素晴らしいアイディア

早苗は刻々と大人になりつつあった。今度は六年生になり、その次は中学生になる。
早苗は一足早く中学校の制服を買ってもらうことにした。
それは紺色のシンプルなプリーツスカートで、どんなお洋服にもぴったりと合うスカートだった。
そのスカートはぶかぶかだったので、お店の人が気をきかせて、肩紐をつけてくれた。子供と、大人の中間地点の早苗には、ぴったりのスカートだった。

麦ちゃんとあさ子ちゃんのいない退屈な早苗の冬が、淡々と過ぎていった。

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